その時、前田桜茄の頭には、

『できっこないを　やらなくちゃ』

（サンボマスター）が流れていた。

​

「あきらめないで　　どんな時も」
「君なら出来るんだ　どんな事も」

​

そのサビのフレーズに導かれるかのように、前田はひたすらにセンターフェンスに向かって駆け出し、フローラ主砲岩谷美里の大飛球を追っていた。

​

もう負けられない―

​

アストライアナインはこの想いで１つになっていた。

首位フローラとのゲーム差４.５はいっこうに縮まらず、依然として最下位。
７月は２勝３敗と負け越し。
８月５日のティアラカップ香川県開催にいたっては、ベストメンバーでなかったとはいえ育成チーム・レイアに敗れるという屈辱を味わった。

チームの低迷ぶりは誰の目から見ても明らかだった。

​

アストライアの先発マウンドに上がったのは磯崎由加里。
初回、３番中村茜にレフト前ヒットを許すも、次の岩谷をショートライナーで打ち取りチェンジ。まずまずの立ち上がりを見せた。

その裏アストライアの攻撃。
フローラの先発は今季“アストライア・キラー”として躍動する植村美奈子。
３番田口紗帆にセンター前ヒットを打たれるも、４番川端友紀をレフトフライに打ち取りチェンジ。
こちらも順調な立ち上がりを見せた。

​

「どちらが先に先発を引きずり降ろすかが鍵」
試合前、フローラの川口知哉監督はそう語っていた。

​

２回表フローラの攻撃。
６番村松珠希がレフト前ヒットを放つと、続く泉由希菜が右中間へタイムリーツーベースを放ち先制点を取る。
しかし、磯崎は後続の奥村奈未、浅野桜子を打ち取り最少失点にとどめた。

その裏のアストライアの攻撃。
５番楢岡美和がレフト線にツーベースヒットを放つと、続く佐々木希が送りバントでチャンスメイク。
ランナー三塁。ここで７番のキャプテン佐藤千尋に打順がまわる。

​

「迷いがあるんじゃないか？」

​

試合前、打撃不振にあえぐキャプテン佐藤に対して辻内崇伸監督はこう切り出した。
その後つきっきりで時間をとり、佐藤とともにやるべきことを整理する時間をとった。

​

「迷っている場合じゃない」

​

そう気持ちを切り替え打席に立ったキャプテンの打球は見事センター前へ。タイムリーヒットを放ちすぐさま同点に追いついてみせる。
この日佐藤は２打数２安打１打点、２四球という好成績を残した。

​

しかしフローラ先発植村も流れを渡さない。
８番岩見香枝をセカンドゴロ、９番前田にヒットを許すも、続く加藤優をショートゴロに打ち取りチェンジ。
こちらも最少失点にとどめた。

​

３回表、低めの制球に苦しむ磯崎に対してフローラ打線が初球の変化球狙いを徹底し始めると、磯崎は１番三浦伊織、２番みなみに続けてヒットを許す。
しかし、３番中村をセンターフライで打ち取り、４番岩谷をサードゴロにしとめてゲッツー。
エースの意地を見せた。

​

４回表、ついにフローラが首位チームの本領を発揮し始める。
５番星川あかりの死球と６番村松のレフト前ヒットでチャンスをつくると、７番泉由希菜、８番奥村が連続タイムリーを放ち２点追加。
３－１とアストライアを突き放し始めた。

磯崎は２番みなみを迎えたところで降板。辻内監督はワンポイントで海老悠を投入。海老は見事みなみを三振にしとめ役割を果たし、泉由有樹にバトンタッチ。泉も３番中村をレフトフライに抑えその期待に応えた。

​

その後アストライアは５回に谷山莉奈、６回に長尾朱夏を投入。追加点を許すことなく迎えた６回裏。
５番楢岡の右中間ツーベースヒット、７番佐藤の四球でチャンスをつくると、８番岩見のレフト前タイムリーで１点を返し、植村をマウンドから降ろした。
さらに代わった坂東瑞紀に対して９番前田がレフト前タイムリーヒットを放ち、見事同点に追いついた。

​

そして７回表フローラの攻撃。
取られたら取り返すのが野球のセオリー。
そのセオリーを行動に移すべく打席に立ったのは４番岩谷。迎え打つのはこの回からマウンドに立った山﨑舞。

​

そしてあの場面。
山﨑舞の３球目。

岩谷の豪快なスイングから放たれた大飛球を、小さな前田が必死に追いかけ見事背面キャッチ。
ゴロンと一回転して立ち上がると満面の笑みを見せた。スタンドのアストライアファンはまさに冒頭の歌詞の続きにある「今世界にひとつだけの強い力」を見たようだった。
守備に助けられた山﨑はストライク先行で０点に抑え、きっちり役割を果たした。

その後試合は延長戦へ。アストライアの７番手としてマウンドに上がったのは塩谷千晶。カーブを駆使してフローラのクリーンナップを抑えた。

前回６月２２日に引き続き、大宮開催のアストライア対フローラはまたしても延長９回の引き分けに終わった。

​

大宮とは「大いなる宮居」という意味で、もちろんそれはこの県営大宮球場近くにある氷川神社を指している。
さすがの武蔵一宮（東京都・埼玉県周辺にある約200社ある氷川神社の総本社）の大宮氷川神社の神様も、きっと両チームの意地の戦いぶりを前に軍配を迷われたに違いない。