埼玉アストライア 前日ミーティング
誰も遠慮なんかしなかった
激しく意見を言いあった
「もう負けない」どころではない
「負けてはいけない」という義務感が
選手一人ひとりに漂っていた
そして
離れていても
心はひとつ
国旗を背負って世界に挑む
2人にいい報告を届けたい―
先発は磯崎由加里。
谷山莉奈と川端友紀の2人は日本代表としてアメリカにいる今、苦境に立たされ、苦難の道のりを強いられたチームの命運を背負えるのは、もう彼女しかいない。
しかしその磯崎も今季は決して万全ではない。
低めの制球が思うようにいかなかった。低めにストレートが決まらなければ、持ち味の緩急をつけたカーブも活かせない。投手にとってゆるい球を投げるのは勇気がいることだが、その勇気を出して投げた変化球を痛打されることが多いシーズン…。磯崎にとって苦悩の日々が続いた。
投げる瞬間に上半身が上を向く癖が強く出てしまっていた。必然的にリリースポイントが高くなってしまい、低めへの制球がきかなくなっていく。
しかもマウンドには傾斜がある。当然、下半身は下へ向く。
上半身は上へ。
下半身は下へ。
ベクトルの合わない身体をミットめがけて前に進めようとして、ますます磯崎の心は疲弊していった。
「もう、変えるしかない・・・」
投球フォームを、である。
昨年度「最多勝利」「最高勝率」を記録し、投手としてベストナインにも選ばれた磯崎。彼女ほどの実績のある投手が、投球フォームをいじるというのはとても勇気のいることだったはず。
「毎試合、本当に大丈夫かという不安があった」
フォーム改造へ向けて辻内崇伸監督(アストライア)とも相談しながら新たな挑戦の毎日。やっていくうちに気持ちも前向きになってきた。
「これもいいきっかけになるかもしれない」
そしてこの日のマウンドへ。
「マウンドに立ったら、不安は消えた」
1回表、愛知ディオーネの攻撃。
磯崎は1番西山小春をショートライナーで打ち取ると、2番三原遥、3番厚ヶ瀬美姫を連続三振に切ってとり、上々の立ち上がりを見せた。
その裏のアストライアの攻撃。
ディオーネの先発は笹沼菜奈。前回8月17日のわかさスタジアムでの試合では2イニングを投げて降板したものの、状態は決して悪くない。
1番加藤優がレフト前ヒットで出塁すると、2塁へ盗塁成功。加藤は2番佐々木希のファーストゴロの間に3塁へ進み先制のチャンスを作る。
しかし笹沼は次の3番田口紗帆を三振に打ち取る。4番楢岡美和にはフォアボールを与えたものの、5番今井志穂をセカンドフライに打ち取りチェンジ。こちらもまずまずの立ち上がりを見せた。
2回、磯崎がディオーネ打線をテンポよく三者凡退に抑えると、笹沼も7番佐藤千尋、9番前田桜茄にヒットを許すも負けじと無失点で抑えた。
3回表、ディオーネの攻撃。
磯崎は7番寺部歩美にライト前ヒットを許すと、8番御山真悠が送りバント成功。9番三浦由美子をライトフライに打ち取るが、1番西山にレフト前にタイムリーヒットを打たれる。8月負けなしのディオーネに先制点が入った。だが磯崎はこれ以上の得点を許さず、この回を最少失点にとどめた。
その後は息詰まる投手戦。
先制点を取られた磯崎にとって我慢のピッチングが続いた。
そして両者譲らず迎えた6回の裏。アストライアの攻撃。
3番田口紗帆がライト前ヒットで出塁すると、2塁へ盗塁成功。4番楢岡がセンター前ヒットを放ち、ノーアウト1・3塁。そして5番今井が四球で満塁のチャンス。スタンドのアストライアファンの期待も俄然高まった。
「アストライアらしいつながる打線を見せてほしい」
地元秦野から来たという高校生の男の子は、そう期待を口にしていた。
バッターボックスには6番山崎まり。
普段サードを守る彼女だが、川端が離脱しているためセカンドへ。守備では見える景色も、打球の質も違うポジションに入り苦戦しながら迎えた打席。
ボックスに入る前、辻内監督に呼ばれた。
「小細工はいらない。練習のつもりで初球から思い切っていこう」
「任せてもらえた」その期待に応えようとボックスに入った山崎は、詰まりながらも見事センター前へタイムリーヒット。アストライアは同点に追いついた。
ここでディオーネは投手交代。笹沼に代わって小原美南がマウンドに立った。
そして打順は7番佐藤。
試合前、運営に来ていた川口知哉監督(フローラ)は佐藤に対してアドバイスを送っていた。
「軸が違う。自分の打撃スタイルに合わせよう」
打つ時、体重をのせる軸足が違うということだ。ホームランバッターならば後ろ足、シングルヒットでつなぐバッターなら前足に体重がのる。佐藤は後者だが、後ろ足に体重がのってしまっているというアドバイスだった。
そして迎えた打席。佐藤はライト前へタイムリーヒットを放ち見事逆転に成功。これまで打撃不振に悩んでいたキャプテンが、試合の流れを一気に引き寄せた。
試合後、川口監督に佐藤へのアドバイスについて「敵に塩を送る」ことになりはしないかたずねるとさらりと答えた。
「悩んでいるの知ってましたから。知ってて見て見ぬふりはできないでしょ」
そして磯崎は7回を抑えて見事完投勝利を果たした。待ちに待ったチームの勝利に、1塁側スタンドは歓喜の声で溢れた。
試合後、山崎まりは笑顔で話す。
「苦しいときでも投げ出さない。事実は事実として受け入れて前に進むだけ。でも今日はみんなが笑顔になったので本当にうれしかった」
神奈川県平塚市は戦後七夕の街として復興を遂げた。まさに、星の女神たちが微笑みを取り戻すにふさわしい場所だった。
女子プロ野球がライブで見られる
見逃しても大丈夫(期限あり)
<次回試合>
8月25日(土)18:30試合開始
ヴィクトリアシリーズ
京都 対 愛知 第17戦
わかさスタジアム京都